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世界に触れた整備士は講師になった

世界のレベルを目の当たりにする

西大路店の整備工場に次々と入ってくるクルマ。その点検や整備、車検の割り振りを考えるのは太田さんの仕事だ。整備工場の一日はこのプランがないと始まらない。

「現場でコントローラーをしています。誰がそのクルマを担当し、どれだけの仕事をするか、段取りを組みます。自分や周りの状況がわかるので、整備の中で若手の指導を行うこともあります。
指導の中でも資格試験の研修は、業務のあとに時間をかけてやります。まず、受験生本人のクルマで出勤してもらうところから。そのクルマに不具合をつくり出して、修理するという設問をつくります。
教えるのは、不具合の現象と原因の関係。そして、それを直す手順です。整備要領書に基づいて進めますが、それらに載っていない手法や今まで培ったノウハウをわかってもらいたいと思っています」

太田さんは、店舗の中でだけなく、日産ビジネスカレッジで講師としても教えている。「日産ビジネスカレッジ(NBC)」とは、日産の中に長く受け継がれてきた技術を学ぶ場だ。座学と実習でスキルアップのための教育を受けられる。講師になったのには、『教えたい』と強く思ったきっかけがあったと、彼は語る。

「私は2003年の日産全国サービス技術大会に出場し、チームの力で優勝しました。あくる年、私宛に封筒が届きました。それは世界大会の招待状。世界7地域にある日産の代表が集結して、整備技術を競う大会です。私が日本代表に選ばれたのでした。その時点では過去の大会で日本人が入賞しているのを見ていたので、難しいレベルではないだろうと高をくくっていたんです。そして大会当日、横浜の会場には左ハンドルの日産車が用意され、大会の公用語は英語。世界の人は私なんかよりもずっと職人で、高い技術を持っていました。結果は惨敗でした。
そのときに思ったんです。上辺だけでなく、職人として中まで知り尽くしている整備士が育っていかなくてはならない、と」

教えたいこと

変わりつつある修理の方法も、世界ではまだまだ細かく分解して修理していた。その技術を教えていかなくては、と太田さんは痛烈に感じた。

「クルマを構成するシステムや部品どうしのつながりの詳細がわかっていなくても、表面的な修理はできてしまうんです。しかし、それらを学んでいないと、あいまいな知識ではお客さまにも説明できないし、自分の技術にもならない。消耗した部品を見て、どういう作動をしたのか。音や不調を感じて、なぜこのようになるのか。座学で知識をつけていくことも大切です。

私は先輩から『整備士としての洞察力を磨け』と教えられ、車体の下に取り付けてあるエンジンのアンダーカバーを見せられたことがあります。六角のネジの中央はプラスに切られている。それを指して『なんでこんな形になっているか、わかるか?』とひと言。
通常は六角のボックスで外すんです。でも、もし下回りを擦ってしまったクルマなら、角が削れてゆるめられない。けれど、ネジの中央が切ってあれば、プラスドライバーで外せる。
その質問をされたときはわからなかったんです。しかし、ひとつの部品でも、いろんなことが想定されている。それに気づく力を養え、ということだと気づかされました。ただ、整備しているだけだとやり過ごしてしまうようなものにも目を向けていくことがとても大切なんです。この教えは私も受け継いで伝えていきます」

入社したころからずっと使っているTレンチ。さまざまな大会に出場した工具

出会いを大切にしてほしい

世界大会に出た経験から生まれた『教えたい』という思い。しかし、最初は気持ちばかり先行して、いざ何をしたらいいのか、わからなかったという。

「ちょうど講座を受けに行く機会があり、仲のよかった先生に思いきって聞いてみました。講師は大変だと言われましたが、詳しい話を聞き、それでもチャレンジしたいと思いました。自分が学ぶだけでなく、下も育てていきたいという熱意を伝え、最終的に私が講師になるためにプッシュしてくれたのはその人でした」

人とつながってチャンスを得た。その体験から、太田さんは授業の初めに必ず『この縁を大事にしてほしい』と話す。

「神戸にあるビジネスカレッジにいろんな販売会社の整備士が集まります。そうして出会えたのは何かの縁ですから、大切にしていってほしいと思うんです。同じ講座の時間を過ごしてできた関係で、いろんな情報を共有し、困ったときに助け合えます。授業が終わったあと、懇親会をするのですが、新しい出会いでつながっていくのはいいものだな、といつも感じています。
この出会いは、お客さまとの出会いも同じです。一人ひとりのお客さまとの出会いを大切にする。修理に必要な問診も、出会いを大切にして、何でも聞ける何でも話せる雰囲気をつくるからこそできることです。整備士は、一発で直しきる修理をするために腕を磨いていく。それと同じように、縁も育てていくんです」

チャレンジしていきたい

いろんなことを飛び越えて、講師になれたと話す太田さん。飛び越えようとしたハードルは思った以上に高かった。それはあえて選んだ棘の道。

「人間って、窮地に追い込まれないと、成長できないことがあります。自分には何が足りていないのか、何を苦手としているのかを探し、そこにチャレンジしていくことが必要だと思っています。私ができていない部分を見つめたら、人を育てることでした。
高いハードルを越えようと講師になりましたが、そこからも大変でした。最初に受講生の前で挨拶をしたときは、声が震えました。最終日にもらうアンケートでは、わかりやすさや次の講座でこの講師にお願いしたいかなどの項目で、シビアな評価をもらうこともありました。そんな中でも、取り組み続けることでできないことをできるように、鍛えた先に何か見えてくるものがある、と経験しました」

整備をしていると、日産のクルマはまじめにつくられていることがいつも伝わってきます。だからこそ、みなさまの愛車の整備にも力が入っています。