「貴方にとって、クルマとは?」――マスターテクニシャンの石橋さんから返ってきたのは「大切な部屋」という答えだった。
「クルマは、大事なモノを乗せる部屋。大事な時間を過ごす部屋。だからこそ、大切な部屋をお預かりして整備をする際は、触れるところは最小限にするように気を遣います」。
部屋の持ち主と同じように、丁寧にクルマを触る――そんな石橋さんの「優しい手」に、整備技術の超難関資格であるマスターテクニシャンの資格が与えられた。
「整備にも、いろいろな部門がありますが、私の場合、スタートは板金修理でした。クルマからエンジンをおろして空っぽにして、それをまた戻す。力仕事です。けれどクルマの構造全体を把握できるいい経験をしました」
整備士として、順調なスタートをきったかにみえた。しかし、思いがけぬトラブルが石橋さんを襲う。
「今にして思うと、若さゆえに力にまかせて作業をしていたんでしょうね。ヘルニアを患い、長期間会社を休まざるを得なくなったのです」
来る日も来る日も、ベッドの上で天井を眺めながら、気持ちは揺れた。整備士を辞めて療養し、違う道を一から歩むことも考えた。しかし、あきらめられなかった。「不具合をなおせる整備士に、自分はなりたい。一般整備で出直したい!」――勇気をふりしぼって上司に訴えた。「お前がそのつもりなら、腰をしっかり治せ。戻ってくる場所を用意する」――上司から返されたその言葉が、石橋さんの「道」を決めた。
再び整備の世界に戻った石橋さんは、ブランクをものともせず、次々難関資格を取得し、マスターテクニシャンへの階段を駆け上った。
「自分はすごいことをやったとか、がんばっているという意識はありません。わからないことを考えているのが、僕にとっては面白いことなんです」
そう語る石橋さんの愛読書は整備書や解説書。時間があれば、眺める。
「『これはどんな構造になっているのだろう?』とふと思ったときに、調べていくと『この不具合が考えられるのではないか?』と解決の糸口が見えてくる。すると今度は『この機構はなんだろう』とまたひとつわからないことが見えてくる。そうやってつなげていくことの積み重ねで、不具合の『その先』を見る目、直す技術が身についていったように思います」
故障診断をすすめるなかで、時には難解なものに出会うこともある。
特に難しいのが、不具合現象の『音』。
「クルマはいろんな音がします。どんな音なのかを、お客さまと一緒に体験させていただくことで、音のその先にあるものを探していきます」
聞いた瞬間に、どのあたりの、どの部品が発する「音」かを聞きわける石橋さんの「耳」に、多くのお客さまが感嘆の声をあげる。『この音、そんな部品からでる音なの?音だけでわかるの?』と。
不具合を発見し、すぐにクルマを使いたくてお店に駆け込む場合は多い。このために石橋さんの診断結果には、もうひとつ項目がある。
「音を聞けば、クルマをお返しする時間もわかります。緊急度を判断して、あとから整備をすれば問題ないのか、すぐに詳しい点検が必要なのかをお伝えします。不安なまま乗っていただきたくないので、15分だけください!とお願いすることもあります」
マットについていた砂をみて、「最近、海に遠出をされたのだろうか」と、持ち主のドライブシーンを思う。タイヤの減り方をみて「優しく運転をされる方だ」と、そんな持ち主に出会えたクルマを幸せにおもう。クルマの中でかすかにきこえる異音。石橋さんが聞くのは、お客さまの大事な部屋の音である。
大切なお客さまのおクルマを愛情込めて整備します!
お客さまのご来店をお待ちしております。