日産自動車 X ラグランジュ・プロジェクト 制作レポート

『輪廻のラグランジェ』主役機のデザインが決定するまでの、前代未聞のデザインコンペディションの経緯と、番組プロモーション用に制作されたジューク アートカー完成に至るドラマをご紹介。これまでにないロボットアニメの実現に向けて奮闘した、制作者たちの熱い想いをご覧いただけます。

自動車メーカーとリアルロボットアニメの邂逅……「カーデザイナー総勢60名参加による、主役機デザインコンペティション」という大事件。

 「『輪廻のラグランジェ』をプロモーションするにあたり、ウォクス・アウラのデザインをフィーチャーしたアートカーを製作したらおもしろいのではないか?」

 プロダクトデザインで世界最先端を走る日産自動車グローバルデザイン本部へロボットデザインを依頼したのだから、日産のクルマを使った番組プロモーションを展開しない手はない――そう考えた番組企画スタッフは日産へこのコラボレーションの話を持ちかけ、そこでの話し合いから、アートカーに仕立て上げる車種が“ジューク”に決定された。

「ジュークのその独特のエクステリアデザインには、ガンダムをはじめとする日本のアニメ文化からの影響が見て取れる」ということはつねづね日産自らが公言しており、「ラグランジェと日産がクルマを使ったコラボレーションを行うならば、それに適任なのはやはりジュークだろう」という結論に達するのは至極当然とも言えた。

 ちなみに、このラグランジェ×ジューク アートカー プロジェクトに日産からGOサインが出たときには、番組の制作発表会('11年10月16日)が日産グローバル本社ギャラリーNISSANホールで開催されることがすでに決定済みであった。となれば、ジューク アートカーの初お披露目の場はズバリ、制作発表会とするのがもっとも効果的であることは言うまでもない。

写真左:ジューク

クーペとSUVを融合させたようなユニークなスタイリングで大人気のコンパクトスポーツクロスオーバー、ジューク。見た目のインパクトを考えるに、そのエクステリアを3Dキャンバスに見立てラグランジェとコラボレーションするにはうってつけの題材だ。

写真右:ウォクス・アウラ

このウォクス・アウラのデザインをジュークへ落とし込み、アートカーとして仕立て上げる。が、ウォクス・アウラとジュークのデザインに明確な共通項など存在しないわけだから、典型的な「言うは易く、行うは難し」とも言える。

いきなり頓挫……「そんなスケジュールでは無理!」

 が、そこで大きな障害となったのが、アートカーの製作スケジュールだ。プロジェクトにG0サインが出たのは、制作発表会からわずか40日前の9月6日。9月末までにアートカーのデザイン画(5面図)と、クルマに貼り込むフィルムを作成するためのデータを作成し業者へ納品しないと間に合わない計算なのだ。

 「デザインの納期まで20日もあるんだから、その程度の作業はさもないだろう」と思われるかもしれないが、確かに、手が空いているデザイナーにそれを任せるならば充分間に合うスケジュールかもしれない。

 が、企画当初より、ジューク アートカーのデザインは覆面クリエイターの“8月32日(晴れ)”氏にお願いすることを前提としてこのプロジェクトは立ち上げられたのだが、同氏から「どう考えてもそのスケジュールでは無理」と断りを入れられてしまったのである。

 8月32日(晴れ)氏は、グラフィックやプロダクトなどのデザインやプロデュースなどを生業とし、リアルロボットのデザインに関する知識も豊富な人物。そうした才能を買われ、番組に登場するロボットデザインのディレクションを任されていたのだが、大須田貴士と菊地宏幸(共に日産自動車グローバルデザイン本部所属)が描くロボットデザインの監修作業が立て込んでいるだけでなく、この時期は本業が多忙を極めており、「いまからアートカーのデザイン作業をねじ込む余地があるとは思えない」というのだ。

 ただし、ごく普通のグラフィックデザイナーにジューク アートカーのデザインを依頼した場合、おそらくそれはただただ番組を宣伝するためだけの「ラッピング広告カー」にしかならないであろうことは想像に難くなかった。ウォクス・アウラをはじめとする、カーデザイナーの手によるロボットデザインの真実を理解している人間にデザインを頼むことが、やはりベストな選択なのだ。

 そこで番組企画スタッフが粘り強く再度8月32日(晴れ)氏に交渉したところ、条件付きでの承諾を取り付けることに成功。その条件とは……「こういうデザイン物件はよいアイデアが早々と見つかるか見つからないかにすべてがかかっていると言っても過言ではないので、つまり、よいアイデアが簡単に見つかった場合はそのスケジュールでも何とか対応できるはず。ただし、アイデア出しに割くことのできる時間は半日しか取れないので、もしもその半日のうちによいアイデアが出て来なかった場合は正式に辞退したい」というものであった。

 その後、ウォクス・アウラのデザイナーである大須田貴士と同氏がアイデア出し前の段階で(とにかく時間がなかったため移動中の車内にて)話し合いの場を設け、デザインの方向性を吟味。そして、実際のアイデア出しを通じ、「この方向性ならばデザイン的にも作業時間的にもギリギリなんとか成立するのではないか」という言葉と共に、同氏の手によるラフデザインが番組制作スタッフの手元にメールで届けられたのである。

 そこに描かれていたデザインは、ウォクス・アウラの流麗で優美なフォルムをカラーリングの塗り分けで表現しつつ、大須田の手によるウォクス・アウラの設定デザイン画(あえて無彩色の鉛筆画)を大胆に配した、スタイリッシュにして強烈なインパクトを伴うものであった。ジュークとウォクス・アウラの強い個性がぶつかり合いながらも見事に融合しており、番組制作スタッフは一も二もなく「ぜひともこの方向性で!」と返答。多忙の合間を縫って、8月32日(晴れ)氏によるデザイン作業が正式にスタートすることになった。

いちばん最初のアイデア出しの段階で8月32日(晴れ)氏が殴り書きした、ジューク アートカーのラフスケッチ。タッチは雑で大雑把だが、フロントウインカー周辺をウォクス・アウラの目に見立て、レーシングカー風の塗り分け+ウォクス・アウラの線画を用いるアイデアはこの段階ですでに完成している

ラフスケッチをクリーンナップし、5面図に落とし込んだ状態。厳密な塗り分けラインが定められ、ボディに貼り込むウォクス・アウラの線画も、どの画稿をどういったサイズで貼り込むかが指定されている。この後、専用ロゴタイプが完成し、そのロゴタイプを貼り込むことでアートカーのデザインが完成に至る

感覚と経験値で成される「神業」レベルのフィルム貼り

 さて、実際にアートカーを製作するその手法だが、ハイクオリティーな“痛車”製作でその世界では圧倒的な知名度を誇る、株式会社 中央デザインにその施工をお願いすることが決定。詳細な施工過程は同社のホームページを参照していただきたいのだが、インクジェットプリンタによりグラフィックを印刷した巨大な粘着剤付きフィルムを、神業レベルでの職人技を駆使した手法にてボディ全面に貼り込んでいくのだという(アートカーのベースとなるジュークのボディはパールホワイトなのだが、パールホワイトの部分が一切露出しなくなるよう、白い塗り分け部分には白色で印刷されたフィルムを貼り込み仕上げる)。

 また、エクステリアのエッジがきついRを描く部分は、ドライヤーでフィルムを伸ばしつつ、感覚と経験値だけを頼りにそれを貼り込んでいくというのだから驚かざるをえない。

 が、中央デザインに施工をお願いする旨と、その施工方式を伝えられた8月32日(晴れ)氏からすると、1点だけ非常に気がかりなことがあった。

 曰く、「勝手な想像で、カラーリングに関してはパントン(注/グラフィックデザインや印刷などの世界ではデファクトスタンダードな色見本)で指定すればそっくりそのままの色になるのだろうと高をくくっていたのだが、インクジェットプリンタでそれを再現するとなると、厳密な色味の追求は事実上不可能なのではないか?」。

 同氏は、実はウォクス・アウラのカラーリングデザインも担当しており、グラフィックデザイン的な見地から極めて厳密な色味を追求した経緯があった。それゆえに、「何となく似ている」という程度の色味では納得がいくわけもなく、「これぞまさしくウォクス・アウラの色だ!」という色味をどうしても再現してほしいと考えていたのだ。

 それゆえ、そうした不安を中央デザインとの打ち合わせの席で切り出してみたところ、担当者曰く「色見本と完全に同じ色を再現するのは不可能だが、可能な限り近付ける努力はする」とのこと。さらに、「色指定を早めに教えてもらえれば、インクジェットプリンタなりにその色を再現した刷り見本を事前に見せることも可能」だという。

 そこで同氏は、ウォクス・アウラのカラーリングをパントンとDICカラーガイド(注/パントンと同様に、グラフィックデザインや印刷などの世界ではデファクトスタンダードな色見本)の色指定に置き換え、中央デザインにその色指定を伝えたのだが、じつは先の不安が単なる杞憂でしかなかったことに驚かされる。中央デザインから送られてきたインクジェットプリンタによる刷り色見本が、「これぞまさしくウォクス・アウラの色だ!」という色味をほぼ完璧に再現していたのである。  インクジェットプリンタという機械の仕組みを考えれば、「驚異的な再現度」と言っても決して過言ではないだろう。

中央デザインのスタッフたちによる、ジューク アートカーの施工風景。インクジェットプリンタにて印刷された大判フィルムを、思い切りよく大胆に貼り込んでいく。「ああっ……シワが入っちゃったけど平気なの!?」「シートがエッジに全然馴染んでいないんだけど……」と、シロウト目には何がどうなっているのかさっぱりわからないストレンジな光景が高速で展開されていく。そして、最後の最後は夜中までかかっての作業となった

'11年10月16日、日産グローバル本社ギャラリーにて無事お披露目となったジューク アートカー。その完成度の高さに驚きの声を上げるギャラリーが多数見受けられ、宣伝効果も抜群であった。この先もラグランジェ関連のイベントにて展示される機会があるはずなので、そのチャンスを期待していただきたい

当初の予測を大幅に超えた、そのインパクトに驚く

 その後、クルマに貼り込むフィルムを作成するための最終的なデータが8月32日(晴れ)氏から納品され、中央デザインが順次それらをフィルムに出力。'11年10月13日からジュークへのフィルム貼り込み作業がスタートするも、予定を大幅に超過し、真夜中までかかる丸2日に及ぶ大仕事となってしまったのだが、同社の(ギャラに見合わぬほどの)多大な努力により、最高のクオリティーをもったジューク アートカーが完成を見るに至った。

 完成後の車両の保管のことを考え、意図的に「番組制作発表会の前々日(NISSANホールへの機材搬入日前日)に完成させる」というギリギリのスケジュールにて進行したこのラグランジェ×ジューク アートカー プロジェクト。最後の最後で一同が肝を冷やす展開となってしまったものの、監修を担当した日産自動車グローバルデザイン本部からも「すごい、おもしろい!」とお墨付きをもらうほどのものに仕上がっただけでなく、メディア露出も想像以上のものとなり、プロモーションとしては大成功であった。

 なお、このジューク アートカーは「1年間限定」の予定で、いま現在はプロダクションI.Gにて管理されている。よって、運のよい人はプロダクションI.G本社ビル前の駐車場にて、ジューク アートカーと遭遇できるかもしれない。

text by Team Lagrange Point

PAGE TOP