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天地の恵みを食卓へ運ぶ
素材のスペシャリスト
「市場」のある暮らし
「市場」のある暮らし
京都市中央卸売市場に次いで日本で2番目に長い歴史を持つ、高知市中央卸売市場。その、澄みきった朝の余韻を残した場内を、積荷を載せた一台のターレーが音もなく行き過ぎる。 床にはずらりと並べられた山積みの野菜や果物の箱。その一つ一つを横目で眺めながら、周囲で男たちが和やかに談笑している。

時計の針が7時を過ぎ、ほどなくして競り人が大きな声を張り上げると、みな待ちかねたように場内が活気づいた。いよいよ「競り」が始まるのだ。
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壇上に並んだ参加業者たちが、数字を表す市場共通のハンドサインを駆使し、一斉に入札を始める。競り人はそれらを瞬時に見極め、「謡い」と呼ばれるかけ声とともに、最も高額な値づけをした落札者の番号を叫ぶ。
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「初めての競りは圧倒されますけども、駆け引きもちゃんとあるんです。ほら、いま入札したあの業者さん、競り人の呼吸のタイミングを見計らって、手を挙げているんです」 

市場の組合にも名を連ねる『一宮ストアー』のオーナー、山﨑の解説を聞きながら、次の競り場へと歩く。
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物心つく頃からこの競りの光景を見て育ったという山﨑。

「小さな頃からよう連れてきてもらいました。大人たちが優しくしてくれるもんで、ここはいつでも楽しくて大好きな場所、という印象しかないんです」

店の創業者でもある父は、週末になるとそんな山﨑を助手席に乗せ、市場を連れ歩いたそうだ。
町に一つの何でも屋
町に一つの何でも屋
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山﨑がオーナーを務める『一宮ストアー』が他の八百屋と大きくちがうのは、青果店を営むかたわらで、兼業して「農業」や「卸売」までを一手に行なっている点だろう。

店の裏にある畑とビニールハウスでは、通年してハーブやきゅうり、珍しい品種の野菜などを選んで栽培しており、ここまでなら家庭菜園と呼ぶこともできるだろうが、山﨑はそうして収穫されたばかりの恵みを、店で他の野菜を売るのと同じようにして、高知県内のスーパーや飲食店、なじみのある病院や学校の配膳施設など、そのひとつひとつへ自ら配送し、卸している。
「スーパーへ自分の畑の野菜を卸している物好きな八百屋は、高知県中探してもうちくらいのもんでしょう。扱う品は同じでも、それくらい仕事がちがうんです」

試しにどうぞと、先ほど採れたばかりだという自家製のフルーツトマトを一ついただくと、ほのかな酸味に続いて歯ごたえのある甘みが口中に広がった。他にもフェンネルやローズマリーなど、八百屋では見かけない珍しいハーブが並んでいる。瑞々しく育っているそれらは、山﨑の父が独自に30年以上かけて研究を重ねた珠玉の逸品だという。
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この10年で山﨑がチャレンジしてきたのは、農業だけではない。まだ八百屋では珍しかったECサイトの試験運用にあたって、仕組を単身調べ上げ、デザイナーを探すためには発注先業者を求めて東京まで出向いた。

「あえてネットで野菜の『対面販売』をやってみようと思ったんです。だから、どんなクレームも無視したことはありません。一つのクレームに一年以上やりとりを続けた方もいました。いまは手が回らなくて休んでますけども、店の名前を検索すれば、たくさんのお客さんからの喜びの声をいまも見ることができます。自分ではじめたことですが、これは励みになりました」
八百屋になるために生まれた男
八百屋になるために生まれた男
「いろいろやって来たものの、(本当の)生業は何だと言われれば、迷わず『八百屋』と答えます。ぼくが目指している八百屋は、町の萬屋さん。八百万という言葉がありますけど、「八百」は非常に沢山という意味で、八百屋の語源とも言われています。そこに行けばなんでもあるよという意味だそうですが、地域に一つしかないそういう存在に、ぼくもなりたいんです」

店内でお客さんが少し不便そうに乳母車やカートを押していたら、翌日には家族総出で店の配置や動線を変えてみる。ちょっとした気配りをすぐに反映させることができるのが、こうした小さなお店をやっていく楽しみでもあるという。
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「大きな会社でサラリーマンとして働いていたとき、自分のお金ではないのに何百万、何千万もの大金を一日で動かすことに、心のどこかでストレスを感じていました。ある日、体調を崩した父から八百屋を継ぐ話が舞い込んできて、『よし、それなら』と心に決めたんです」

ずっと昔、学校から帰ってきては父母に並んで店のカウンターでテレビを見ながら宿題をし、休日には毎週のように朝の市場で過ごしていた山﨑。都会暮らしに疲れて高知へ戻ってきた彼を出迎えてくれたのは、馴染み深く、また懐かしい八百屋の生活そのものだった。
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そんな山﨑の日課のひとつに、今から40年前、業務食に病院給食と学校給食が加わったタイミングで父が始めた、ルート配送がある。現在では山﨑が引き継ぎ、もう10年以上、変わることなく配送を続けてきた。

「狭い地域は知り合いばかり。気がついたら配送先の窓口の方が義理の姉になっていたことも。ウソみたいなホントの話です。縁ってものを実感する瞬間は、都会にいたころよりずっと多いでしょうね」
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古き良きところはけっして変わらないように努め、時代の変化を恐れることなく、あくまで挑戦的であれ。そんな山﨑の生き方には、どこか透徹した鋭さがある。彼にとって、プロフェッショナルとは、どんな人物を指すのだろう。

「昔からみんな、周りの同業者の方々は父のことをよう知っていて、あの人はすごい人だ、立派な人だと聞かされましたけど、最近は確かにすごいなと思うことが多いんです。親父のように、同じことをどれだけやっても苦にせず続けられることは、それだけで大したことじゃないでしょうか」
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1967年8月9日
(高知県高知市)

職種:八百屋

職歴:23年

会社名:有限会社一宮ストアー

日々の配送業務だけではなく、ファミリーカーとしても活用するため、荷室にはできるだけ棚を設置せず、広いスペースを確保。代わりにラゲッジユーティリティナットを存分に活用したカスタムで拡張性を高めた。