日産自動車(株)車両技術開発本部ボデー実験部
石川 良幸、 吉田 弥寿男
最近は、車両の衝突安全性能に対する社会的要求も一段と高まり、エアバックやプリテンショナ付きシートベルトなどの安全装置を備えることは商品性上も必須となってきている。また、国内における前面衝突時の乗員傷害値規制の導入が近づいていることなどから、車両開発における前面衝突試験の重要性はますます高まっている。このため、最近の衝突試験では、貴重な試験を失敗なく行うため試験の信頼性の向上や、増加する試験回数を効率よく消化するための省力化などが求められている。本文では、最近の前面衝突試験設備に施されている信頼性向上や省力化などの工夫について、その概要を説明する。
前面衝突試験に必要な主設備は、
そして、前面衝突試験設備では主として以下の五つの条件を満たす必要がある。
日米欧などの各国で法規化されている衝突形態は、正面衝突及び30°までの斜め前面衝突である。このため、最近のバリアでは、油圧シリンダにより衝突面の角度を自由に設定できるようになっている(図2)。
車両開発段階では、試験車両が衝突中にどのようにつぶれているのかを詳細に解析する必要がある。このためバリアの前面には車両のつぶれ荷重を設計するためのバリアロードセルを固定している設備も多い(図3)。一般にバリアロードセルは車両各部の荷重が計測できるように分割式になっており、通常36分割程度であるが、多いものでは50分割となっているものもある。
また最近は、市場でのさまざまな事故形態の研究のために、各種の衝突形態の研究がなされている。たとえば、オフセット前面衝突試験や、電柱への衝突をシミュレートしたポール衝突試験などである(図4)。このため、このような装置をバリア前面で脱着できるようバリア表面にアンカボルトを埋め込んでいる例も多い。
けん引装置の備えるべき条件としては、
一般に試験車両のけん引は、ワイヤロープを駆動ウィンチによってけん引加速する方式が多い。
ウィンチの形式としては、巻取り繰出し式の巻取りドラム方式(オープンループ式)と、ワイヤロープと駆動シープの溝との摩擦を利用する摩擦駆動方式(クローズドループ式)がある。滑らかなけん引加速度を得るためには十分な距離のけん引走路が必要であり、ワイヤロープの長さも長くなる。巻取きドラム方式の場合、巻取.きドラムの大きさが極端に大きく、またけん引中に駆動系の慣性重量は増大する。このため速度が設定速度を超えてから安定するのに時間がかかり、速度精度の点で不利であるし、またモータ容量も大きくなるため省エネルギーの点でも不利である。このため摩擦駆動方式が採用されている例が多い(図5)。
摩擦駆動方式の場合、ワイヤロープはクローズドループとなるため、けん引中にワイヤロープの伸びによる振動が発生する。この振動現象を最小限にするため、ループの途中には緊張装置を設定する必要がある。
この駆動方式では、緊張装置を設けても振動をゼロにすることはできないため、振動が減衰するまで一定速で走行させる必要があり、走路長が長くなる。これを嫌い、リニアモータ台車によって試験車両をけん引する方式も実用化されている。
また、試験車両の原動機を運転し、自走させて衝突実験を行っている試験機関もある。この場合、衝突時の燃料漏れにより車両火災が発生する恐れがあるため、試験設備が屋内にある施設では採用しにくい。
けん引開始後の試験車両の異常やけん引加速度の異常、ワイヤロープの切断などの異常が発生した場合は、試験を停止させねばならない。このため駆動軸に油圧式ディスクブレーキを備えたり、試験車両にリモコン方式の油圧シリンダを取り付け車両のブレーキを作動させるなどの工夫がなされている。
衝突速度の精度や試験条件の設定の容易さ、故障診断など保守性の良さなどからデジタル制御を行っているシステムが増えている。
全デジタル化サイリスタレオナード制御装置を採用しているシステム(図6)の例で説明をすると、
などのメリットが得られている。
衝突中に試験車両に何が起こっているかを知るためには、車両の変形していく過程を十分に解析する必要がある。特に、車体の主要骨格部材が集中している車両底面の変形過程を観測することが重要となる。
このため、バリア前には車両底面を撮影できるようにバリアピットが掘られているのが普通である。バリアピット表面には車両の転落防止のため、鋼鉄製の格子が敷かれ、車両底面は格子の透き間から撮影されることとなる。
この場合、どうしても格子の部分が死角となるため、最近の設備では、格子に変えてアクリル版を敷き、車両底面すべてを撮影できるようにしているものもある。
車両底面を撮影するための照明は、高速度カメラの視界を防げず、かつ省エネルギーの観点から車両底面近くに設置したいため、バリアピット断面は、上面が狭く下方が広いたこつぼ形になっているのが普通である。
また、高速度カメラの計測誤差を少なくするためには、ある程度離れた位置から撮影する必要がある。しかし、ピットを深くすると、照明装置のセッティングなどの他の作業が行いにくくなるため、ピットの床面に鏡を置いて光路を曲げ、車両底面と高速度カメラまでの距離を稼ぐなどの工夫も見られる(図7)。
試験走路は車両を滑らかに加速し、かつ衝突速度の精度を確保するため、ある程度の距離が必要である。FMVSS208・Test Procedureでは走路長180mを要求しているが、最近の屋内式の試験設備では100m前後の長さとしている例もある。この場合は、速度の精度を上げるためデジタル制御やリニアモータ式駆動装置を備えるなどによって精度を確保している。
一般に自動車メーカの試験設備にあっては、あらかじめ走行抵抗のわかっている試験車両を用いる場合が多いため、精度を確保しやすく、走路長も短めとなっている。しかし、不特定多数の試験車両を用いる試験設備の場合は、より長い走路長を確保している設備が多い(日本自動車研究所:350m、米国TRC社:166m、米国カルスバン社:230mなど)。
また、けん引中の上下方向の振動によっても車両内のダミーの姿勢は変化する。
BFMVSS208・Test Procedureではけん引中の上下方向加速度を0.2G以下と規定している。このため走路はできるだけ平滑とし、段差は数mm以内にすることが望ましい。
高速度カメラによる撮影では、撮影速度が早いため(家庭用カメラでシャッタスピードが早いのと同一現象)、通常の光では露光不足となり、鮮明な画像が得られない。このため、通常10万ルクス(約200kW)以上の照明設備が必要である。
ランプとしては、現在はハロゲンランプを用いている設備が多いが、将来的には発生熱量の少ない冷熱式のメタルハライドランプなどが増えると思われる。
乗員傷害値を計測するダミー人形は人間の耐性を模擬するため、首や腰などいたるところに樹脂部品を使っている。このため、温度によってその特性が変化するので、ある一定の温度条件下で試験を行わないと正しい測定ができない。ダミーの校正試験を行うときと、衝突試験前には、ダミーは一定温度に保たれている必要がある。その温度範囲はFMVSS208で表1のように規定されている。
今後はより多くの傷害値の計測ができるハイブリッドーIIIダミーの使用が増えると考えられ、車両ソーク室や、ダミー校正室の温度管理はより厳しくなってゆくものと推定される。
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表 1 |
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試験コントロール室は、試験時の安全確保と省力化のため、駆動ウィンチの運転室と一体とし、また走路や車両ソーク室などに設置されたモニタカメラによって試験場全体の人の動きが一目で監視できるようになっている設備が増えている。
また、天候などに左右されずにいつでも試験が実施できるよう、試験場全体を屋内にいれた設備も増えてきている。
乗員傷害値の計測にあっては、加速度計などの多くの計測器によって電気的な計測を行っているため、電気的な雑音を非常に嫌う。しかし、一方で試験の際には、電動ウィンチや照明など多量の電力を必要としている。このため専用の電源室が必要となるが、電源室はデータ計測室や解析室よりできるだけ離れた場所に設置するのが望ましい。
以上、最近の衝突試験設備について筆者の経験をもとにその概略を説明してきたが、実際の試験場の建設にあたっては、さらに詳細な検討が必要なことはいうまでもない。本文が今後の衝突試験設備の建設の一助となれば幸いである。
最後に、本文の執筆にあたってご助言やご協力をいただいた方々に謝意を表し、あとがきとする。